― 境界の先に流れる、静かな時間―
春の終わりだった。
その日、
なぜか裏手の竹林が気になった。
アパートの裏に回ると、
いつもの景色がそこにある。
それでも、
どこか違う場所に来たような感覚があった。
西側の境界に立つと、
背の高い竹がざわざわと鳴る。
まるで、そこにある時間が
昭和のまま止まっているようだった。

この土地には、
いくつもの物語が埋まっている。
昭和38年の分筆図。
どこにあるのか分からない五十平方メートルの飛地。
境界が曖昧なまま続いてきた隣人関係。
そして竹林の向こうには、
山口さんの家がある。
最初に見たとき、
玄関がどこにあるのか分からなかった。
樹木が生い茂り、
家そのものが森に包まれているようだったからだ。
北側の樹木を伐採したのは去年のことだ。
それまで昼間でも薄暗かったアパートの裏手に、
ようやく光が差し込むようになった。
「そこは昔から俺の土地だ。」
山口さんはそう言った。
確かに、そうなのだろう。
少なくとも、この六十年の記憶の中では。
しかし登記簿の世界では、
少し違う話になる。
山口さんの庭のどこかに、
妻の土地が 五十平方メートルだけ 眠っている。
正確な場所は誰にも分からない。
古い図面は曖昧で、
土地家屋調査士も苦笑いしながらこう言った。
「これは……なかなかですね。」
さらに隣の田中さんの土地も、
昔の図面と現状がぴたりと一致するわけではない。
考えてみれば無理もない。
この土地が分けられたのは、
もう六十年も前のことだ。
当時の測量は今ほど正確ではない。
境界杭も、いつの間にか消えてしまった。
時間だけが静かに流れ、
誰もそのまま触らずにきたのだ。
私は最近、思う。
土地の問題は、
境界線の問題ではない。
時間の問題なのだ。
誰も触らず、
誰も整理せず、
ただ時間だけが過ぎていく。
そしてある日、
次の世代がその謎を引き継ぐことになる。
それだけは避けたい。
だからといって、
急ぐ必要もない。
弁護士はこう言った。
「こういう土地は、
まともにやると必ず揉めます。
大抵は話し合いで決着させるのが一番ですよ。」
その言葉は、妙に腑に落ちた。
竹林を見上げながら、私は思う。
急ぐ必要はない。
ただ、放っておくわけにもいかない。
この土地に必要なのは、
開発でも裁判でもなく、
静かな整理なのだ。
この状態のまま、
次の世代には渡せない。
息子に引き継がせるものが、
土地ではなく、
境界と竹林と、終わらない悩みであってはいけないと思う。
だから、まだ結論は急がない。
焦って決めるより、
時間をかけてでも
いちばん良い一点を探したい。
人生と同じで、
土地にもまた、
急いでは見えない答えがあるのだと思う。
風が吹くと、
竹がまたざわざわと鳴った。
私はアパートの裏手にしばらく立ったまま、
その音を聞いていた。



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