(ハムとお酒とブログとドローン)
ハム。
令和世代でどれだけの人が、この言葉を思い出すだろうか。
多くの人は、お肉のハムを思い浮かべるかもしれない。
しかし昭和の時代、この言葉は少し違う意味を持っていた。
食べることのできない、もう一つのハム。
それは趣味の世界の話。
当時はよく
「趣味の王様」
と言われていた。
ハム=アマチュア無線。
何がそんなに魅力だったのか。
それは、スマホもインターネットもない時代、
夜な夜な シャック と呼ばれる自分の秘密基地から
「CQ、CQ」
と電波を出し、顔も知らない相手とつながることができたことだ。
当時、私は福岡県の甘木市(現在の朝倉市)に住んでいた。
交信相手は
北海道の人、沖縄の人、
同じ市内の人のこともあれば、
時には海外の人とつながることもあった。
今思えば、この感覚。
どこか今のSNSに似ている気がする。
道具や媒体は違うけれど、
不特定多数の人へ発信し、
誰かとつながるという点では、
本質はあまり変わっていないのかもしれない。
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アマチュア無線の免許は電話級(現在の4級)。
中学3年の時に熊本で国家試験を受けて、見事一回で合格。
その以前から、雑誌「初歩のラジオ」で付録の回路図を眺めて、
真空管ラジオを作っていた。
はんだごてを使って
「できた!」と喜んでスイッチを入れても、
スピーカーからは
シャー……
という音しか聞こえない。
どこか間違っている。
バラして、見直して、またスイッチON。
その繰り返しだった。
確か、その数年後には
検波器ひとつの 鉱石ラジオ も作ったような気がする。
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免許を取得してからは、
無線機欲しさにショップへ通うようになった。
高校生になると行動範囲も広くなり、
当時「甘木ハムショップ」があり、学校帰りによく立ち寄っていた。
店頭には
• TRIO(トリオ)
• YAESU(八重洲)
• National(ナショナル)
• ICOM(アイコム)
の無線機。
どれも輝いて見えた。
ご主人のお名前は忘れてしまったが、
お茶をご馳走になったり、
CWのトンツーの練習に付き合ってもらったり。
とても可愛がっていただいた。
そのショップのご主人も参加する
無線クラブ(今で言うサークル)にも顔を出すようになった。
九州自然歩道の草刈りや道路整備のボランティア。
その後の打ち上げ。
大人に混じって飲み、
帰り道はゲーゲー吐きながら帰ったこともあった。
よく家まで帰れたものだと、今でも思う。
この時の経験で今の私の基本ができたのかもしれない。
おかげで、お酒は今でも大好きだ。
ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、ワイン、泡盛。
なんでもOKである。
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高校の修学旅行は東京だった。
自由行動の時間、
私は秋葉原の ラジオデパート へ向かった。
小さなお店のカウンター越しに、
店主が声をかけてくる。
「何作るんだい?」
私はポケットからパーツリストを出して、
「これありますか?」
いい青春のオタク時代の思い出である。
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今でも無線の免許は更新しているが、
電波を出すことはめっきり減ってしまった。
車には無線機を取り付けているが、
実際に使うのはスマホが99.9%。
SNSの投稿も昔ほどではない。
その代わり、最近は
このブログを書く時間がとても楽しい。
ある意味、昔のように
CQ、CQと呼びかけている感覚に近い。
このブログ、
誰か気づいてくれると嬉しいな。
そんなことを少し思いながら書いている。
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無線つながりでは、
ドローンも数年前に包括許可をいただき、
時々空撮を楽しんでいる。
時代はずいぶん変わった。
環境、道具、媒体は変わっても、
趣味の本質はあまり変わっていないような気がする。
無線もネットも、
顔が見えない相手とのコミュニケーション。
音声だけだった世界が、
今では
文字+映像+動き+どこでも通信。
令和の時代。
なかなか悪くない。
むしろ、いい時代だと思う。
もし今でもシャックに座るなら、
きっとこう電波を出すだろう。
シャックの静かな夜。
Sメーターがわずかに振れる。
そしてマイクを握る。
私の声に、遠くのシャックで
誰かのSメーターが振れる。
その瞬間、
電波の世界が動き出す。
文字や声だけの世界だったものが、
ふっと立体になる。
2Dだった世界が、3Dになる瞬間だ。
CQ CQ CQ 40m
from Japan Radio 6・・・
電波の向こうに、
誰かが気づいてくれることを願って。
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PS
ドローンが戦争に使われているニュースを見ると、
少し悲しい気持ちになる。
早く平和な世界になってほしい。

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